全身の健康は口腔から
全身の健康は口腔から
昭和57年卒 長谷川 健嗣
近年、口腔疾患が全身の健康に及ぼす影響が分かって来ました。ここでは、その例をご紹介したいと思います。
超高齢社会と8020健康長寿社会の実現1)
我が国は、世界で最も早い速度で高齢化が進んでおり、65歳以上の人口が全人口の
現在21%を超え「超高齢社会」に突入しています。
我が国の男女の平均寿命は、男性79.44歳、女性85.90歳(厚労省「2011年 簡易生命表」)、健康寿命は男性70.42歳、女性73.62歳(厚労省「2012年 健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料」)と言われており、要介護の状態で、この差の10年間を過ごすことを意味しています。この状況は、本人はもとより、その家族や社会全体の負担を意味しています。
歯科医療は“食べる”、“話す”など『日々の生きる力を支える生活の医療』です。
日本歯科医師会は、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という“8020(ハチマルニイマル)運動”を展開し、達成者が50%以上となる「8020健康長寿社会」を目指しています。
義歯では噛めていなかった2)
新潟大学の研究グループは新潟市在住の70歳599名を対象として、口腔と全身の健康の追跡調査を毎年行っています。その調査によると、男女ともに歯の数が減少すると、義歯を入れても咬合力は減少し、特に歯の数が21歯以下の郡では咬合力の急激な低下がみられます。
この咬合力低下は義歯の装着では回復せず、上下顎天然歯の場合の咬合力と上下顎義歯の咬合力では3.4倍の差が認められました(平成13年度「厚生科学研究」報告書)。自然が作った天然歯にはるか及ばないのです。
歯が予防するアルツハイマー型痴呆2)
故レーガン大統領も悩んだアルツハイマー型痴呆は、予防できるのでしょうか 高齢者を対象に咀嚼能力との関連を横断的に分析したところ、70歳男性において咀嚼能力の低い郡で、総エネルギー摂取量、緑黄色野菜郡およびその他の野菜・果物郡の摂取量が少ないことが分かりました(平成11年度「厚生科学研究」報告書)。
歯の痛みや喪失により咀嚼能力が低下した人は生野菜が苦手で煮込み料理にだけ箸を出すことが多くなります。
ビタミンCはビタミンEとともにアルツハイマー型痴呆の予防に必要な抗酸化作用を持つビタミンですが、両ビタミンはともに熱に弱く、やわらかく煮込んだ料理では破壊されてしまいます。
歯の喪失はビタミンCとビタミンEの不足を招きアルツハイマー型痴呆のリスクファクター(危険因子)となるなのです。
命を狙う歯周病菌2)
日和見菌は、歯間清掃ブラシなどを使った歯磨きを丁寧で行えば口の中から消えますが、歯周病菌は殺菌消毒剤の塗布と化学療法を併用しないかぎり口の中に持続的に感染し、簡単には除菌できないので、もっと悪質な細菌だと言えます。
歯周病菌とはリポポリサッカライト(LPS)という毒素を持ち、口の中に持続感染する細菌の総称です。LPSはサイトカインという炎症因子を誘発して、とんでもないところでいろいろな悪さをします。歯周疾患にかかった人は、心疾患、脳血管疾患に罹患するリスクや低体重児出産のリスクが高いことが報告されています。その他にも歯周病菌は動脈硬化や糖尿病と関係しています。
口腔ケアで肺炎予防2)
高齢者の死亡原因の多くが口の中の細菌であることはあまり知られていません。東北大学医学部の佐々木秀忠教授らのグループは老人福祉施設に入居している高齢者を対象に夜間、就寝中の燕下状態の実態調査を行いました。
誤燕の調査を受けた高齢者がその後1年間に肺炎を起こす頻度は非脳梗塞郡(A郡、12.9%)を基準に計算すると、片側脳梗塞郡(B郡、27.4%)は2.12倍、両側脳梗塞郡(C郡、47.0%)は3.64倍でありました。この調査で不顕性誤燕の実態と不顕性誤燕によって肺炎が起きている実態が明らかにされました(平成9年度「厚生科学研究」報告書)。
肺炎の原因になっている細菌を口の中で増殖させないようにする口腔ケアは、誤燕性肺炎予防に重要であり、また、口腔ケアは口腔および咽頭の細菌数の減少、発熱の回数・期間の減少、口腔疾患の減少、口臭の軽減などの効果のあることが確かめられています。
歯周病を治療したら糖尿病が改善できた2)
共立女子大学の井上修二教授は東京医科大学をはじめ全国の大学医学部の内科と口腔外科の共同研究チームを組織し、画期的な臨床研究を行っています。
40代から60代の血糖コントロール不良(グリコヘモグロビンHbA1c 6.5~8.5%)の糖尿病患者で歯周ポケット4ミリメートル以上の歯が4歯以上ある歯周病合併患者に、プラークの染め出し、歯磨き指導、歯肉縁上および縁下の歯石除去、抗生物質投与で8週間以内に3回以上の通院で歯周病の治療を実施し、治療後8週ごとに血糖、HbA1c 、血中脂質(総コレステロール、トリグリセリド、HDLコレステロール)、高感度C反応性タンパク(CRP)の測定を行い、6カ月間観察しました。その結果、歯科治療を受けたグループでは血糖、HbA1c 、高感度CRPが低下し、糖尿病が改善されることが分かりました。
つまり、歯周病を治療することによって予想通り糖尿病が改善したのです(平成15年度「厚生労働科学研究」報告書)。
図 歯周病の状況3)
むすび
如何だったでしょうか。
咬合の不正が「アルツハイマー型痴呆」を歯周病菌が「心疾患」、「脳血管疾患」罹患のリスクを高め、糖尿病にも係わっていたのです。また、誤嚥性肺炎が非脳梗塞の高齢者にも起こっていたことには驚いてしまします。 しかし、口腔内環境を良好に保ち、「歯の喪失」や「歯周病」を予防すればこれらのリスクは大きく低減します。
歯科界は、日本歯科医師会が掲げる「日々
の生きる力を支える生活の医療」を押し進めています。
最後に、これを機会に、皆様の「健康寿命」が延びますことを祈って止みません。
本編は2013年9月28日の同窓会総会において講演した内容を抜粋してお届けしました。
1)2013年度 日本歯科医師会HP
会長挨拶
2)日々の生きる力を支える生活の医療
江藤洋一編 「歯の健康学 岩波新書」
3)nico2013年4月号
同窓会会報第34号 2017年 8月 1日発行より転載
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